東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)170号 判決
本件審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。
1 成立について争いのない甲第二号証(本件特許公報)によれば、本件発明の明細書の特許請求の範囲の記載は、事実摘示第二の二のとおりであり、これによれば、本件発明は、少なくとも二種の異なるα―オレフインを「順次に重合」することが一つの要件であると認められる。
2 被告は、引用例(成立に争いのない甲第三号証)の方法によつて得られる重合体は炭素原子8までのオレフイン、特にエチレン、プロピレン等を重合して得られるものであり、これをエチレン、プロピレンについていえば、これらを順次でなく、同時に一括して重合系に供給するものではあるが、この場合、先ず反応性の早いエチレンがプロピレンに先駆けて重合していき、ある程度重合が進んだ中間段階で反応性の遅いプロピレンが重合に参加し、ここでエチレンとプロピレンのランダム共重合が起り、エチレンが消費しつくされた後、プロピレンの重合が行なわれると解され、この重合で得られる重合体の構造は、本件発明においてエチレン、プロピレンの順で順次重合させて得られる重合体の構造と同じであるから、審決において、本件発明と引用例とでは使用対象の重合体にも差異がないと認定した点に誤りはないと主張し、成立について争いのない乙第一号証を援用する。
右乙第一号証によれば、エチレンとプロピレンとから、これらの共重合体を製造する場合、液相でエチレンはプロピレンよりも速く重合する傾向があるので、最初に生成する重合体は大部分が結晶性ポリエチレンとなることが認められるから、引用例の方法によつて生成した重合体も、本件発明においてエチレン、プロピレンの順で順次重合させて得られる重合体もポリエチレンとエチレン、プロピレンの共重合体を含むという点では同じであるということができる。
原告は、成立について争いのない甲第四号証――宣誓供述書――を引用し、右供述書は引用例の実施例2(d)を追試したものであるが、それによればエチレンとプロピレンは反応開始直後から共重合し、これが反応の終期まで継続することが確認されているから、生成する重合体の組成は被告が主張するようなものでないことは明らかであると主張するが、右供述書に記載された実験では、重合の最初において、ポリエチレン又はポリプロピレンのような、エチレン・プロピレン共重合体でない重合体が生成するかどうかを確認する分析を行なつていないから、この供述書によつて、引用例の方法においてはエチレンとプロピレンの共重合体のみが生成し、ポリエチレンは生成しないと認定することはできない。また、原告は、乙第一号証のものはエチレンとプロピレンの混合ガスが一過的に反応器に導入される場合を想定しているのに対し、引用例ではエチレンとプロピレンの混合ガスを連続的に供給しながら反応させるものであるから、引用例による生成物の組成を乙第一号証から推定することはできないと主張するが、混合ガスの供給が一過的であるか連続的であるかによつて乙第一号証の重合体と引用例の重合体との組成が異なるとする理由を見出すこともできず、またその証拠もない。
3 しかしながら、本件発明の明細書の記載によれば、本件発明はある程度のエチレンとプロピレンの共重合体を生成させる必要があるものの、多量の可溶性ランダム共重合体の生成を防止し、ポリエチレン(又はポリプロピレン)の生成を充分に行なわせるものであるから、本件発明によつて生成した重合体はポリエチレン(又はポリプロピレン)が多量であり、エチレンとプロピレンの共重合体が少量の混合物である(前掲甲第二号証第二欄第九行ないし第三一行)のに対し、引用例の方法によつて生成した重合体中のポリエチレンは、重合の初期にのみ生成したものであるから、引用例の方法によつて生成した重合体は、ポリエチレンが極く少量であり、エチレンとプロピレンの共重合体が圧倒的に多量の混合物であると推認され、右事実から、本件発明においては少なくとも二種の異なるα―オレフインを「順次に重合」させるものであるのに対し、引用例のものは、重合にエチレン、プロピレンを用いる場合にはそれらを同時に重合させるものであるということができ、重合の方法において本件発明と引用例とは相違し、また生ずる生成重合体においても両者には相違があるものというべきである。のみならず、本件明細書によれば、本件発明がランダム共重合体を生成させはするものの、その多量の生成を防止し、ポリエチレン(又はポリプロピレン)の生成を充分に行なわせるのは、自由流動性の重合体の稀釈剤スラリー又は懸濁物を得るためには、多量の可溶性ランダム共重合体が生成することは望ましくないが、他方、二種のα―オレフインのランダム共重合がある程度起きないと、製造されるポリオレフイン組成物の機械的性質は最高ではないためであることが認められ(甲第二号証第二欄第二一行ないし第三一行)、従つてエチレンとプロピレンの共重合体が圧倒的に多量の混合物である引用例よりも、本件発明によつて製造されるポリオレフイン組成物の方がその機械的性質において優れているものと認められる。
以上のとおり、本件発明と引用例は、α―オレフインの重合方法及び得られる重合体の構造が異なるから、本件発明は引用例に記載されていると認定した審決はこの点において違法であり、その取消を求める原告の本訴請求は理由がある。
〔編註〕 本件における発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本件発明の要旨
マイナス二〇℃ないし二〇℃の温度でアルミニウムジアルキルクロライド対四塩化チタニウムのモル比〇・五五~一・五で、アルミニウムジアルキルクロライドを四塩化チタニウムの不活性炭化水素溶液に徐徐に加えて四塩化チタニウムを還元して得た生成物及び有機アルミニウム活性化剤よりなる触媒の存在下で、少なくとも二種の異なるα―オレフインを順次に重合して稀釈剤中の重合体の自由流動性スラリー又は懸濁物を得るポリオレフイン組成物の製造法。
審決理由の要点
本件発明の要旨は、前項のとおりである。
これに対して、本件出願前外国において頒布された仏国特許第一二九六一四二号明細書(以下「引用例」という。)には、四塩化チタニウム〇・七五九kg(四モル)とジーゼル油留分一・一四kgの溶液中にアルミニウムジアルキルクロライドの一種のアルミニウムジエチルモノクロライド〇・四八二kg(四モル)とジーゼル油留分一・四五kgの溶液を滴下して触媒を調製する旨の記載(同明細書第五頁左欄実施例1(a))及び四塩化チタニウムのアルミニウムジエチルモノクロライドに対するモル比が一より大きいかあるいは等しく反応を行ない、しかもこの反応は〇~二〇℃、特に五~一五℃で行なう旨の記載(同明細書第六頁右欄下から八行ないし第七頁左欄上から一〇行)からみて、本件発明の触媒の調製法が記載されているものと認められる。また引用例にはこの重合触媒を用いて製造する重合体には、エチレン、プロピレン及び4―メチルペンテン―(l)のホモ重合体の外にエチレンとプロピレンの共重合体が含まれる(同明細書第六頁右欄第八行目)ので、使用対象の重合体にも差異は認められない。
従つて本件発明は引用例に記載されたもので特許法第二九条第一項第三号の規定により、特許を受けることができないものと認める。
ところで、請求人(原告)は本件の出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があつた後の昭和五〇年一一月五日付で手続補正書を提出している。この手続補正は本件の特許請求の範囲の記載中、重合対象α―オレフインの供給量に関して稀釈剤一l当り少なくとも四〇〇gの単量体を供給する旨の補正をすることを内容とするものである。しかして前記の補正部分については公告決定された明細書の記載内容からみて特許請求の範囲の減縮に相当する補正であると認められる。
しかしながら、前記の補正による本願方法の効果を支持する記載が明細書には見当らないし、引用例における実施例dには、六〇lの稀釈剤に四四kgのエチレンとプロピレンの単量体を加えて重合させること、すなわち稀釈剤一l当り単量体七三三gの供給量で重合させることが示されていて、この引用例における単量体供給量は前記の単量体の供給量の限定範囲に含まれるものであるから、この供給量を限定するところに格別の発明があるものとは認められない。
結局、前記の手続補正書のように補正したところで本件発明は特許法第六四条第二項の規定により準用する同法第一二六条第三項の規定に違反し、同法第五四条第一項の規定により補正却下すべきものと認められる。